背景

RMIは2026年4月22日、インドにおけるLC3(石灰石焼成粘土セメント、Limestone Calcined Clay Cement)の商業展開事例を分析し、脱炭素セメントの大規模普及を阻む4つのバリアと解決策を提示した。LC3は普通ポルトランドセメント(OPC)比でGHG排出量を最大40%削減できる低炭素セメントであり、炭素強度の高いクリンカーを石灰石と粘土で代替することで製造時のCO₂を大幅に削減する。

インドでは専用国家規格(IS 18189:2023)とインド排出権取引制度(Carbon Credit Trading Scheme)での適格認定が完了し、Lodha Developersによる初の商業規模パイロット建設が完成した段階だ。インドのセメント生産量は2022年で約4億トン(世界第2位)、2035年には7億トンへの増加が見込まれており、LC3が低炭素移行シナリオで市場シェア15〜50%を獲得すれば、単一素材の脱炭素化として世界最大規模のインパクトになりうる。建設資材はScope3カテゴリ1(購入財・サービス)の主要排出源であり、LC3への切り替えはサプライチェーンGHG削減の有力な手段だ。

実装ステップ

ステップ1:「用途ラダー(use-case ladder)」を設定し非構造部材からパイロット採用を開始する

LC3を採用する最初のステップは、構造用途へのいきなり全面展開ではなく「用途ラダー」アプローチだ。非構造部材(舗装・歩道・道路・外構・インフラ)を第1ステップとして設定し、コンクリート配合設計の標準化が進む構造用途(基礎・壁・スラブ)へ段階的に移行する。リスクの低い非構造部材での採用は、施工チームのLC3ノウハウ蓄積と性能データの取得に有効だ。日本では建設技術審査証明・JASS5(日本建築学会コンクリート工事標準仕様書)での適格性確認と、JIS規格対応状況の事前確認が必要となる。

ステップ2:コンクリート配合設計の技術課題を試験体制で解決する

LC3を現場で使用すると実務上の課題が発生する。インドの実証実験では60分以内のスランプロスと延長した凝結時間が確認され、ポリカルボン酸系分散剤(PCE系混和剤)の使用によって3時間のワーカビリティ確保が実現した。実装プロセス:①現場の温度・湿度・ミキサー条件に合わせた配合試験(Trial Mix)の実施 → ②スランプ・圧縮強度・凝結時間の実測による承認 → ③施工前に小規模モックアップで現場チームの習熟度確認 → ④品質管理基準書(QC Plan)へのLC3特有パラメータの追記。「LC3は品質が劣る」という現場の思い込みは配合設計不足に起因するため、試験結果データを施工チームに共有してから採用判断を行う。

ステップ3:需要集約(Demand Aggregation)でLC3専用製造コストを下げる

LC3の供給側の最大課題は「十分な需要量がなければ専用製造ラインが経済的に成立しない」という鶏卵問題だ。解決策として公共調達(政府・自治体の建設プロジェクト)を起点としたアンカー需要確保と、複数の民間デベロッパーが連携してまとまった発注量を確保する「需要集約」が有効だ。実務的な手順:①地域別の補助セメント材料(SCM)資源賦存量の調査・マッピング → ②地域内のLC3製造可能メーカーリストの作成 → ③年間使用量を複数プロジェクトで合算して製造ロットを確保する長期購買協定の締結。建設業のScope3削減目標を持つSBTi認定企業が複数でコンソーシアムを形成し共同調達を実施することも有効だ。

ステップ4:EPD作成・GHGプロトコルScope3への反映で調達仕様を標準化する

LC3の採用が調達部門・発注者・金融機関に評価されるには排出量データの透明性が不可欠だ。EPD(Environmental Product Declaration、ISO 14025準拠)の作成により、建物のScope3 Category1(購入材料)の算定精度が向上する。GHGプロトコルScope3 Technical Guidanceでは建設資材の排出係数としてEPDを推奨しており、LC3のEPDを整備することでLEED・BREEAM・CASBEE(日本)のLCA評価での活用が可能になる。調達仕様書には「EPDが整備された低炭素セメント(OPC比20%以上の排出削減)を優先使用する」条項を明記し、全サプライヤーに適用する。

使うツール・標準

  • IS 18189:2023(インド):LC3の国家規格(品質・強度・適用範囲)
  • EPD(環境製品宣言、ISO 14025準拠):LC3の具体的な排出係数データ・第三者検証書
  • GHGプロトコル Scope3 Category1算定ガイダンス:建設資材調達の排出量算定手法
  • CASBEE(日本):建築物LCA評価でのセメント種別排出係数反映指標
  • インドCarbon Credit Trading Scheme(CCTS):LC3採用に伴う炭素クレジット申請フレームワーク(他国での参照モデルとして活用)

成功のポイント

RMIが指摘する最大の教訓は「技術的な準備が整っても、エコシステム全体が揃わなければ普及しない」という点だ。LC3はインド国家規格・炭素クレジット適格認定・商業パイロット実証の3つが揃ったにもかかわらず、コンクリート配合設計の未整備・生コンクリートメーカーの設備投資リスク回避・調達仕様書での不記載という「最後の1マイル」の障壁が普及を妨げている。

「意欲はもはやボトルネックではない。課題はこの勢いを主流の実装に転換することにある」というRMIの総括は、技術的可能性と商業展開の間のギャップを象徴している。このギャップを埋めるのは、用途ラダーによる段階的採用・需要集約・EPD整備の3つの同時進行だ。

日本企業への適用

日本ではセメント業界が「カーボンニュートラル2050」ロードマップを策定し、高炉スラグセメント・フライアッシュセメントの拡大が進んでいる。LC3は粘土資源の賦存状況によって地域差があるが、インドの商業展開モデルは日本の建設業のScope3削減実装に直接応用できる。

  • ゼネコン・デベロッパー:Scope3 Category1(建設資材)のGHG削減目標を設定しているSBTi認定企業は、セメント・コンクリートが最大排出カテゴリである場合にLC3等の低炭素セメントへの切り替えを調達仕様書に明記する。まず非構造部材(駐車場舗装・外構工事等)からのパイロット採用で配合設計ノウハウを蓄積し、次に主要構造部材へ段階的に展開する
  • 製造業の自社工場建設・改修:自社工場の新築・増築・床更新のタイミングで低炭素セメントを採用し、建設工事のScope3排出量をGHGインベントリに含める。EPDを使ったCategory1算定を実施し、SBTi・TCFD開示の精度と信頼性を向上させる
  • 建材・セメントメーカー:LC3のEPD整備と標準コンクリート配合設計集の公開が普及加速の最速経路。インドの事例を参考に、地域別の粘土・石灰石原料マッピングを行い、大手ゼネコン・デベロッパーとの長期購買協定締結を通じた需要集約で専用製造ラインの経済性を確保する