背景

RMIは2026年4月20日、アジア太平洋7カ国(日本・韓国・中国・インド・オーストラリア・インドネシア・ベトナム)の鉄鋼バイヤーランドスケープを分析し、2030年に向けたニアゼロ排出鉄鋼(グリーンスチール)需要拡大の機会と実装障壁を明らかにしたレポートを発表した(著者:Ariane DesRosiers, Thanh Ha, Maeve Masterson, Rachel Wilmoth, Kyle Clark-Sutton)。

APAC7カ国の2030年鉄鋼総需要は241 Mtpa(百万トン/年)と推計される。このうち民間セクターのニアゼロ排出鉄鋼需要は6.1 Mtpa(80%が高炉系・20%が電炉系)に達し、公共調達が気候目標と整合した場合は政府調達総量38.2 Mtpaのうち11.5 Mtpa追加が見込まれる。しかし現状の供給パイプラインは約2.5 Mtにとどまり、潜在需要6.1〜17.6 Mtpaとの大幅な需給ギャップが存在する。

鉄鋼はScope3 Category1(購入財・サービス)の最大排出源の一つであり、自動車・建設・造船・インフラ分野の日本企業にとってグリーンスチール調達への転換はSBTi目標達成の核心課題だ。

実装ステップ

ステップ1:自社鉄鋼調達量のScope3 Cat.1ベースラインを鋼種・用途別に算定する

グリーンスチール調達転換の第一歩は「どの用途に何トンの鉄鋼を使い、その製造由来排出量はいくらか」の全量把握だ。主要鋼種(熱延・冷延・高張力・棒鋼・形鋼・ステンレス等)の年間調達量を用途別にリストアップし、サプライヤー別排出係数(EPD・製品カーボンフットプリント)または業界平均係数(World Steel Association / Ecoinvent)を乗じてCO₂e換算する。GHGプロトコルScope3 Technical Guidanceでは、EPDが最高精度の排出係数ソースとされており、主要鉄鋼サプライヤーへのEPD提供要請を今期中に実施する。算定結果を「鋼種別×用途別」マトリクスで可視化することで、どの調達品目への切り替えが最大の削減効果をもたらすかが特定できる。

ステップ2:バイヤーランドスケープ分析で自社の調達ポジションとサプライヤーのコミットメント状況を評価する

RMIが実施した7カ国バイヤーランドスケープ分析手法を自社の調達ポジション評価に応用する。分析の骨格:①自社の鉄鋼調達量がセクター全体(自動車・建設・造船等)に占めるシェアを推定 → ②主要サプライヤーのMission Possible Partnership(MPP)・SBTi等での脱炭素コミットメント状況を確認(コミットあり・ロードマップ提示済み・未対応の3段階評価) → ③RMIが特定した「不明確な製品定義・基準」バリアに対応するため、独自の「グリーンスチール購買基準」を社内策定する(例:「MPP定義のニアゼロ基準(現行比40%以上のCO₂削減品)を優先対象とする」)。調達量が小規模な場合は複数の川下バイヤーが連携して需要集約することでサプライヤーへの交渉力を高める。

ステップ3:Sustainable Steel Buyers Platform等の需要集約メカニズムに参加し供給側への需要シグナルを発信する

RMIが推奨するSustainable Steel Buyers Platform(SSBP)のような需要集約メカニズムへの参加により、グリーンスチールの供給障壁(価格プレミアム・供給不確実性・製品定義の未整備)を集団で克服できる。日本での実践手順:①同業他社・川下ユーザーと「グリーンスチール共同調達コンソーシアム」を形成 → ②コンソーシアム全体の年間調達量を積み上げて複数年(3〜5年)の購買コミットメントを示す → ③日本製鉄・JFEスチール・神戸製鋼等の国内メーカーおよびオーストラリア産グリーンアイアン由来品を供給候補として評価(RMIはオーストラリアをコスト競争力のあるグリーンアイアン輸出候補として特定) → ④SBTi認定企業コンソーシアムとして共同発注しサプライヤーの製造ライン投資判断を促進する。

ステップ4:公共調達・グリーンボンドへのグリーンスチール要件組み込みで需要基盤を制度化する

RMIが算定したAPAC公共調達の潜在需要(38.2 Mtpaのうち11.5 Mtpaが気候目標整合可能)は、自治体・公共インフラ事業者との連携機会を示している。日本でのアクション:①公共建築・インフラ工事の発注仕様書に「低炭素鋼材(製造工程由来排出量が業界平均比X%以下)を優先使用」条項を追加 → ②グリーンボンド・サステナビリティリンクローンの使途条件にグリーンスチール調達比率目標を明記し、調達転換の資金調達コストを低減 → ③サプライヤースコアカードの鉄鋼カテゴリにEPD取得状況・MPP準拠状況・脱炭素ロードマップ有無を評価軸として追加し年次評価を実施する。グリーン購入法(国等による環境物品等の調達の推進等に関する法律)を活用して低炭素鋼材の公共調達優先要件を制度化する働きかけも有効だ。

使うツール・標準

  • World Steel Association カーボンフットプリント計算ガイドライン:鉄鋼Scope3 Cat.1算定の業界標準係数(CO₂/トン換算)
  • Sustainable Steel Buyers Platform(SSBP):需要集約・共同調達・グリーンスチール定義策定メカニズム
  • Mission Possible Partnership(MPP)鉄鋼ネットゼロガイダンス:サプライヤーの脱炭素コミットメント評価基準・ニアゼロ定義
  • GHGプロトコル Scope3 Technical Guidance(Category1):鉄鋼調達EPD活用・排出量算定手法
  • グリーン購入法・グリーンボンド原則(ICMA):公共調達・資金調達への低炭素要件組み込みの法的・市場的根拠

成功のポイント

RMIが指摘する最大の障壁は「供給不確実性・不明確な製品定義・価格プレミアム」の3点だ。民間需要6.1 Mtpaに対して供給パイプラインが2.5 Mt(約40%)しかない現状は、早期に「グリーンスチール優先調達」をコミットした企業が供給確保の優先権を得る機会を意味する。需要集約メカニズム(SSBP等)への参加は、個別企業の調達規模が小さくてもサプライヤーへの影響力を集約でき、複数年コミットメントがサプライヤーの製造ライン投資判断を促す効果がある。「製品定義・基準の未整備」という障壁に対しては、MPP・SBTiの国際基準を参照した社内独自の購買基準(「業界平均比40%以上のCO₂削減品を優先」)を策定することで、基準整備完了を待たずに調達を開始できる。

日本企業への適用

  • 自動車メーカー・Tier1サプライヤー(Scope3 Cat.1が最大排出源):鉄鋼調達のScope3 Cat.1ベースラインを今期中に算定し、2030年に向けたグリーンスチール調達比率目標を設定する。Sustainable Steel Buyers PlatformへのSBTi認定企業としての参加を検討し、共同調達で価格プレミアムを分散する
  • 建設・不動産・インフラ事業者:公共工事発注仕様書に低炭素鋼材優先条項を追加し、グリーン購入法に基づく環境配慮調達の実績をESGレポートに反映させる。日豪経済連携を活用したオーストラリア産グリーンアイアン由来国内製品を供給候補として評価する
  • 商社・鉄鋼流通業者:顧客へのグリーンスチール提案にEPDベースのScope3削減試算を標準添付し、MPP準拠サプライヤーリストを整備して川下企業の調達仕様書作成を支援する