研究の概要

イタリアの研究チーム(Boffi, Leoni, Leonforte, Tanelli, Oliaro)は、蓄電池を使わずに建物の熱容量(サーマルマス)を「仮想バッテリー」として活用することで、再生可能エネルギーの余剰電力を吸収し、グリッドへのカーボン排出を削減する最適制御戦略を提案した(arXiv:2603.28217、2026年3月30日)。

従来の再生可能エネルギー統合では、余剰電力の吸収に蓄電池が不可欠とされてきた。しかし蓄電池は初期費用が高く、廃棄時の環境負荷も課題である。本研究では、建物のコンクリート壁・断熱材・床材などが持つ熱容量を積極的に活用し、太陽光発電の余剰時に室内温度設定値を快適範囲内で意図的に上下させることで、余剰電力を熱エネルギーとして「蓄積」する制御アルゴリズムを開発した。制御システムは太陽光出力予測・電力消費予測・グリッドのカーボン強度信号を統合し、リアルタイムで最適な温度設定値を計算する。

主な発見・成果

TRNSYS(建物エネルギーシミュレーションソフト)を用いた3種類の熱容量モデルでの検証において、すべてのケースでグリッド電力消費量の一貫した削減が確認された。

特に重要な発見として以下が挙げられる。第一に、熱容量が大きい建物(コンクリート造・石造)ほど余剰電力の吸収効果が大きい。第二に、カーボン強度が高い時間帯(火力発電比率が高い時間帯)に電力消費を抑制し、低い時間帯(再エネ比率が高い時間帯)に積極的に利用することで実質的なカーボン削減効果が生まれる。第三に、居住者の温熱快適性(PMV指標)を維持したままこれらの効果が達成されており、快適性とのトレードオフが発生しない。蓄電池廃棄時の環境負荷・コストも回避できる点も重要な利点である。

実務への応用

GX推進担当者にとって最も重要な示唆は、追加設備投資なしで既存建物のScope 2排出量を削減できる可能性である。工場・オフィス・商業施設などの既存建物では、BEMSの制御ロジックをリプログラムするだけで実装できる。日本の電力グリッドでも太陽光発電の普及に伴い日中のカーボン強度が低下する傾向があり、同様の制御戦略が有効と考えられる。グリッドのリアルタイムカーボン強度データ(電力広域的運営推進機関の公開API等)との連携が実装の鍵となる。コンクリート造の大型建物(工場・データセンター・大型オフィス)から優先的に検討することが推奨される。