背景:アジアが科学的気候目標の重心に

2026年4月、SBTi(Science Based Targets initiative)が「Trend Tracker 2025」を公表した。2025年末時点で9,764社が検証済み科学的目標を保有し、前年比40%増。特にアジアが53%増(1,216社追加)でヨーロッパ(1,209社追加)をほぼ並ぶ成長を見せ、グローバルで「アジアが気候目標設定の重心になりつつある」と評価された。日本は2,091社で国別最多を維持しており、日本企業のSBTi採択が世界をリードしている状況が改めて確認された。

実装ステップ

Step 1: 自社の目標タイプを決定する

SBTiでは「近期目標(Near-term)」と「長期ネットゼロ目標(Net-zero)」の2種類を設定できる。2025年の特徴はネットゼロ目標の成長率が61%と全体(40%)を大きく上回った点にある。まずは自社のバリューチェーン排出量の全体像を把握し、近期目標(5〜10年)から着手するのが標準的なアプローチ。

Step 2: 業種別パスウェイを確認する

2025年の成長をセクター別に見ると、ヘルスケアが最も急成長し、ITおよびマテリアルセクターが続く。SBTiは業種ごとに適用すべき削減パスウェイ(電力・鉄鋼・セメント・不動産等)を定めており、自社の主要事業セクターに対応するパスウェイドキュメントをSBTi公式サイトで確認する。

Step 3: コミットメントレターの提出

SBTiへの参加は「コミットメントレター」の提出から始まる。提出後、SBTiの定めるタイムライン(通常24ヶ月以内)で目標提案書(Target Submission Form)を提出する義務が生じる。バリューチェーン排出量(Scope1/2/3)をGHGプロトコルに基づいて算定し、削減パスウェイに沿った数値目標を設定する。

Step 4: Scope3の扱い方を決める

2025年のトレンドとして、Scope3目標の設定企業が急増している。Scope3は「カテゴリ1(購買品・サービス)」「カテゴリ11(製品使用時排出)」などの主要カテゴリから優先的に対応するのが実務上の定石。SBTiはScope3の目標設定においても、バリューチェーン排出量の67%以上をカバーすることを要件とする。

Step 5: 検証・認定プロセス

SBTiのスタッフが目標を技術的に審査し、問題なければ「検証済み(Validated)」として公式サイトに掲載される。審査期間は現在6〜12ヶ月が標準的。フィードバックへの対応と修正が必要な場合もあるため、内部担当者(サステナビリティ部門)と財務・事業部門の連携体制を事前に整えること。

使うツール・標準

ツール・標準概要
SBTi Corporate ManualSBTi目標設定の全手順を記載した公式マニュアル
GHGプロトコル企業標準Scope1/2/3算定の基本標準
SBTi Target Validation Tool目標数値の適合性チェックツール
PCAF(GHG会計金融標準)金融機関Scope3対応に使用
SBTi FLAG Guidance農林業・食品企業向け土地利用排出目標設定

成功のポイント

  • アジアのピア圧力を活用:日本が国別最多の検証済み企業数を持つ事実は、同業他社・取引先が既に対応済みである可能性が高いことを意味する。自社の競合・サプライヤー・顧客のSBTi状況を確認し、対外的なポジショニングを意識した優先順位付けをすること
  • ネットゼロ目標への移行:近期目標(2030年頃)を設定済みの企業は、次のフェーズとしてネットゼロ目標(2050年以前)の設定を検討する。2025年の61%増という成長率は投資家・顧客の期待水準が急速に上昇していることを示す
  • 目標設定前の排出量算定精度向上:目標の質はベースライン算定の質に直結する。特にScope3カテゴリ別の算定精度が低いまま目標設定すると、後の検証で却下・修正を求められるリスクが高い
  • インドネシア・パキスタン・タイ等の新興市場に先行:アジア新興市場での採択急増は、これらの国のサプライヤーが将来的にSBTi対応を要求される可能性を示唆。今からサプライヤーエンゲージメントを開始することで差別化ができる

日本企業への適用

日本はSBTi検証済み企業数で世界トップ(2,091社)を維持しており、大企業の多くが既に目標設定済みか準備中である:

  • 未設定の中堅企業・上場企業:同業他社が既に設定済みである可能性が高く、投資家・ESG評価機関からの遅れリスクを認識すること。SBTi採択は「ESGスコア向上」にも直結する
  • コミットメント提出済みで目標設定が遅れている企業:24ヶ月の期限超過はコミットメント取り消しリスクがある。優先的に目標設定支援コンサルタントと連携すること
  • 製造業・エネルギー集約産業:セクター固有のパスウェイ(鉄鋼・セメント・化学等)を使い、業界団体のロードマップと整合させた目標設定が求められる
  • ISSB/CSRD対応と連動:SBTi目標はIFRS S2の「気候関連目標」開示にも直接活用できる。重複作業を避けるために、開示フレームワークとの連動設計を初期段階から組み込むこと