研究の概要

EUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)は、欧州の相互接続された電力市場に複雑な影響を与える。従来の静的分析では国境を越えたスピルオーバー効果を把握できなかった。本研究は時空間グラフニューラルネットワーク(GNN)フレームワークを開発し、CBAMが電力価格と炭素集約度(CI)に同時に与える影響を定量化した。欧州8カ国のサブグラフをモデル化し、各国の電力需給・炭素強度・国際連系線の潮流を時空間グラフとして表現。GNNにより学習した相互依存構造をもとに政策変化の波及効果を推定する。

従来のDC潮流モデルや線形回帰分析では捉えられなかった非線形的な市場構造変化を可視化することに成功。CBAM施行後のシナリオ分析を複数実施し、低炭素国と高炭素国で異なる市場変化が現れることを定量的に示した。

主な発見・成果

CBAMは均一な炭素税として機能するのではなく、市場構造そのものを変える「変換ツール」として作用する。低炭素国(フランス・スイス)は競争優位を得て国内電力価格が低下する可能性がある一方、高炭素国(ポーランド等)はコスト上昇という二重負担に直面する。この構造変化の主要ドライバーは電力市場のメリットオーダー(発電コスト順の供給スタック)の根本的な変化だ。CBAMにより炭素コストが内部化されると、高炭素な発電ユニットが競争から排除され、市場均衡価格と供給源の地理的配置が大きく変化する。

実務への応用

CBAM本格施行(2026年以降)に向けて、欧州拠点を持つ日本企業は電力調達戦略の見直しが急務となる。低炭素電力の豊富な地域(フランス、スカンジナビア等)への生産移転、再エネPPAの締結、自社設備の電化・省エネ投資がいずれも相対的な競争優位につながる。また欧州向け輸出品のScope2排出量管理においてCBAM下では電力源の炭素集約度が直接コストに反映されるため、Scope2のマーケットベース追跡の精度向上も不可欠。