概要
Changing Markets Foundationが2026年5月に発表した調査によると、主要コーヒー・乳製品企業23社のうち、2030年削減目標を設定しているのはわずか3社。しかし先進企業のDanoneとStarbucksの実装アプローチは、農業系Scope 3排出(特にメタン)の算定・削減を実務的に進める上での参照事例として価値が高い。
実装ステップ
ステップ1:メタン排出量の算定(Scope 3カテゴリ1)
食品・飲料企業にとって農業由来のメタンはScope 3カテゴリ1(購入した原材料の生産工程)に分類される。算定アプローチ:
- 購入量×排出原単位アプローチ:乳製品・牛肉・コーヒーの購入量に業種別メタン排出原単位を掛け合わせて推計。GHGプロトコル農業ガイダンスやFAOのLIVESTOCK-AGE原単位データベースを活用。
- サプライヤー固有データの収集:Danoneはサプライヤーファームから直接メタン排出データを収集し、購入量ベース推計から精度を向上させた。
- スコープ1農家データとの照合:酪農家が直接計測したメタン排出量(糞尿管理・反芻動物の腸内発酵)を取得し、バリューチェーン全体の排出量マップを作成。
ステップ2:グローバルメタンプレッジとの整合目標設定
Danoneが実現した「グローバルメタンプレッジ整合」の要件:
- 2030年までに30%削減(2020年比)
- 削減対象:バリューチェーン全体のメタン排出(農業由来・廃棄物由来・エネルギー由来)
- 測定:毎年のメタン排出量開示と進捗報告
Danoneはすでに2031年を5年前倒しで進捗を達成済みとされており、早期行動の効果が確認されている。
ステップ3:農業系削減施策の実装
実績のある削減施策の組み合わせ:
- 飼料改善:メタン生成を抑制する飼料添加物(3-NOP、Asparagopsis藻類等)の酪農サプライヤーへの導入支援
- 糞尿管理:嫌気性消化(バイオガス化)設備の農家への普及支援
- 草地管理:炭素貯留効果の高い牧草管理手法の実装
- 乳牛の生産性向上:単位乳量あたり排出量の削減(集約的・高効率農業への移行支援)
ステップ4:サプライヤーエンゲージメントと透明性強化
Starbucksが実践している開示アプローチ:
- 乳製品由来のメタン排出量を単独で特定・定量化して公開(他の大手コーヒーチェーンは未実施)
- アクションプランをCSRレポートで公開(実績は2019年比横ばいだが、測定・開示を継続)
調査では20の主要スーパーマーケットチェーンが「メタン排出の測定もゼロ、目標設定もゼロ」という状況であることが判明。測定開示をしているだけでStarbucksは業界トップグループに位置づけられる。
ステップ5:進捗評価のフレームワーク活用
Changing Markets Foundationが用いた評価軸(自社評価にも活用可能):
- メタン開示の有無(Y/N)
- 削減目標の設定(Y/N・目標値)
- アクションプランの公開(Y/N・具体性)
- 進捗報告の頻度と透明性
使うツール・標準
- GHGプロトコル 農業ガイダンス:農業系Scope 3の算定基礎
- FAO GLEAM(Global Livestock Environmental Assessment Model):畜産業の排出原単位データベース(無料)
- グローバルメタンプレッジ:2030年30%削減コミットメントフレームワーク
- SBTi FLAG(Forest, Land and Agriculture)ガイダンス:農業・食品企業向け科学的根拠ベース目標設定
- Cool Farm Tool:農場レベルのGHG算定ツール(農業系Scope 3データ収集に活用)
成功のポイント
- 「測定できないから開示しない」から脱却:業種別原単位を使った推計でも測定・開示を始めることが投資家・規制への対応として有効
- サプライヤーデータ収集は段階的に:全量をサプライヤー固有データにする必要はない。上位20%のサプライヤー(購入量ベース)から固有データ収集を始め、残りを原単位で補完する
- 削減施策への資金支援を戦略に組み込む:農家が自力で導入できない削減技術(飼料添加物・バイオガス設備)への資金支援スキームを購買契約と組み合わせる
日本企業への適用
日本の食品・飲料・外食チェーン企業のScope 3のうち、農畜産物由来の調達が占める割合は大きい。SBTi FLAGガイダンスが2026〜2027年に確定されることで、食品企業のScope 3目標設定に対する業界基準が明確になる。まずFAO GLEAMを使った原単位ベース推計から農畜産物購入量×メタン排出原単位の試算を行い、Scope 3カテゴリ1の中でのメタン排出の相対的な大きさを把握することが出発点となる。