やったこと
2026年7月に熊本で開催されたグローバル・ネイチャーポジティブ・サミットには2,700名以上の企業・金融機関リーダーが参加した。採択された「熊本宣言」では「2030年までに生物多様性の損失を止め、反転させる」目標達成に向けた行動加速が要請された。同サミットを受けて、企業の実務担当者がSBTN(Science Based Targets Network)とTNFDをどう活用するかの関心が急速に高まっている。
具体的な手順・工夫
TNFD開示の位置付け
TCFD(気候)が定着しつつある中、TNFD(自然)が次の開示義務化の波として到来する。ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)がTNFDを土台とした基準案を2026年10月までに公表予定。企業の対応準備が急がれる。
SBTNとは何か
SBTNは「企業が自然に対する科学に基づく目標を設定するための枠組み」で、気候領域のSBTiと対になる存在。淡水・土地・海洋・生物多様性の4領域を対象とする。2026年6月時点で150社以上が目標設定を準備中。日本企業では中外製薬・カナデビア・キリンホールディングスが参画している。
気候目標と決定的に異なる「場所依存性」
気候目標(CO2削減)と自然目標の最大の違いは「場所依存(location-specific)」であることだ。
- CO2は地球規模で均等に作用するため、どこで削減しても同じ効果がある
- 自然資源(特に淡水)は**「流域ごとに設定」**が必要
- 同じ取水量でも「水が豊かな流域と枯渇流域では生態系圧力の意味がまったく異なる」
この性質から、自然目標は「全社で何%削減」という設計でなく、「A川流域では取水量○%削減、B工場では植生モニタリングを実施」という拠点別・流域別の設計になる。
実務上の課題と対応
現場担当者が頻繁に直面する3つの課題:
- データが揃わない: サプライヤーの農地・採掘地などの場所情報が不明なケースが多い
- 優先順位が現場と合わない: 淡水目標が優先されても工場現場では対応が難しい場合
- 産地まで追跡できない: Scope3に相当する「Nature Scope4」は川上に遡るほど情報が薄くなる
SBTNが提供する「5つのステップ」(本記事後編で詳述)と検証機関「Accountability Accelerator」の独立認定体制を活用することが推奨されている。
得られた結果(業界動向)
- 熊本宣言で「標準化された指標と手法」「国際的に一貫した基準に基づくアプローチ」の重要性が確認された
- ISSB基準案の2026年10月公表予定により、TNFDに基づく開示の義務化タイムラインが明確化
- 日本企業3社(中外製薬・カナデビア・キリンHD)がSBTN目標設定に参画し、国内実践事例の蓄積が始まっている
他社が参考にすべき点
- まず「重要な拠点・サプライチェーン」の場所情報を整備する: 自社工場・調達先農地・採掘地の座標情報と流域情報を整理することがネイチャー対応の基盤になる。
- TNFDの「LEAP」アプローチから始める: Locate(場所特定)→Evaluate(影響評価)→Assess(リスク・機会評価)→Prepare(開示)という4ステップが国際標準。まずLocateから着手できる。
- 気候目標と自然目標を統合設計する: 水源涵養・生物多様性保全の取り組みを気候目標(Scope3・ネイチャーベーストソリューション等)と連動させると、開示コンテンツの効率性が上がる。
- 先行している日本企業(キリンHD等)の開示を参照する: 同一文脈の国内先行事例は、社内説明資料や経営層説得の材料として使いやすい。