背景:なぜトルコが今ETS(排出量取引制度)を立ち上げたか

2026年8月末、トルコは国内排出量取引制度(TR ETS)の設立規制を官報に掲載し、制度の正式始動を宣言した。この動きの直接的引き金はEU CBAM(炭素国境調整メカニズム)の本格フェーズ移行(2026年1月)だ。CBMAはEU輸出産品に対しEU ETS相当の炭素コストを課すが、輸出国で既に炭素税・ETS料金を払っていれば控除できる設計になっている。つまり国内炭素市場を持てば、CBAM支払い分を自国に取り込める——この経済合理性がトルコを動かした。

実装ステップ:TR ETSの制度設計と時系列

フェーズ1:パイロット期間(2026〜2027年)

  • 制度の慣熟・データ収集・排出量測定体制の整備
  • 規制対象企業の排出量報告インフラを確立

フェーズ2:第1実施期間(2028〜2035年)

  • キャップ・アンド・トレードの本格稼働
  • CBAM控除の実際の運用開始

制度の核心設計

対象セクター(CBAM対象産業と完全一致)

  • セメント・肥料・鉄鋼・アルミニウム・電力・水素

価格設定方式

  • 絶対キャップ(absolute cap)ではなく製品ベンチマーク+強度目標方式
  • これにより生産増加と排出増加を切り離し、産業成長を許容しながら炭素強度を削減

収益の帰属

  • 気候変動総局(Climate Change Directorate)の特別収入として帰属

使うツール・標準

  • EU ETS規制(Directive 2003/87/EC):トルコが参照した設計ベース
  • WBCSDのCarbon Pricing Readiness Assessment:企業のETS対応準備度チェックツール
  • IEA Emission Trading System Database:各国ETS制度比較

成功のポイント

  • 「炭素税 vs. ETS」の選択はCBAMリンクで解決:CBAMが「ETS型の炭素コスト支払い証明」を前提としているため、炭素税よりETS設計が有利
  • 産業ベンチマーク方式は製造業への政治的受容性が高い:絶対キャップは生産上限と解釈されやすいが、強度目標は「効率改善で成長できる」設計
  • パイロット期間のデータ品質が制度の信頼性を決める:MRV(測定・報告・検証)体制への初期投資が鍵

日本企業への適用

日本のGXリーグ排出量取引市場は2026年度に有償オークション導入を予定している。トルコのベンチマーク+強度目標方式は、絶対キャップへの産業界抵抗を和らげながらCBAMリンク可能な設計として、日本の制度設計議論の参考になる。EU輸出比率が高い鉄鋼・アルミ・セメントメーカーは今からMRV体制の整備を開始すべき段階だ。