概要

本稿は、同じ社会に暮らしていても、人によって見えている世界や前提が異なることを出発点に、意思決定における「正しい懐疑」のあり方を考察する終章です。隣人が自分とは異なる現実認識を持つ状況では、単一の正解や全員一致を前提にすることが難しくなります。そこで、共通部分だけを取り出して合意を形成する「最大公約数社会」から、異なる意見や価値観を組み合わせて新たな判断をつくる「最小公倍数社会」への転換が示唆されます。不確実性や対立が残る場合でも、社会は何らかの決定を下し、行動しなければなりません。

ポイント

  • 懐疑は、単に反対したり結論を先送りしたりする態度ではなく、自分の前提や認識の限界を確かめるための思考である。
  • 他者が異なる世界を見ていることを前提にすれば、相手を無知・非合理と決めつけず、判断の背景にある価値観や情報の違いを確認できる。
  • 最大公約数的な合意は対立を抑えやすい一方、少数意見や重要な差異を切り捨てる可能性がある。
  • 最小公倍数的な社会では、異なる立場を残したまま、共通の行動やルールを設計することが求められる。
  • 判断には不確実性がつきまとうため、完全な確信を待つのではなく、根拠・影響・修正可能性を確認して決める必要がある。

実務への示唆

脱炭素施策では、技術的な効果だけでなく、費用負担、地域影響、雇用、エネルギー安全保障など、関係者ごとに異なる「見えている世界」を把握することが重要です。結論を急いで単純化するのではなく、反対意見を検証材料として扱い、前提・不確実性・見直し条件を明示したうえで、段階的に実行できる意思決定に落とし込むことが実務上の有効な対応となります。

出典

終章 正しい懐疑とは何か