非財務開示文書の「同一性」はどこで崩れるか——プライム200社・221レポート収集記録の観測

企業の非財務開示を年次で比較するには、まず「今年の文書」と「去年の文書」が同じ系列に属することを確定させる必要がある。財務データでいえば決算期変更や株式分割にあたる調整作業だが、統合報告書やサステナビリティ報告書には、その調整概念も検出手段も整備されていない。

2026年8月29日に公開したGX開示データセット v0.3(東証プライム200社を対象に、統合報告書等からScope 1/2/3・SBT認定状況・TCFD開示等を機械抽出したスナップショット。DOI: 10.5281/zenodo.22153243)を構築する過程で、収集レジストリ上の文書の同一性がどこで崩れるかを集計した。以下は、そのパイプライン自身の観測記録である。

対象とデータ

  • 対象母集団: 東証プライム上場200社
  • 収録済み: 161社 / 221レポート(未収録39社は「未開示」ではなく「未抽出」)
  • データ源: 各社が公開する統合報告書・サステナビリティ報告書・ESGデータブック・環境報告書・CSR報告書のPDF
  • 抽出: DeepSeek系モデルによる機械抽出。原典URL・取得日時・抽出モデル・抽出信頼度を各レコードに保持
  • 集計対象: v0.3スナップショット(gx_metrics.csv 221行)および収集リポジトリの隔離記録

観測結果

1. 「1社1文書」は前提にできない

保有する文書種別社数
1種別のみ109
統合報告書+サステナビリティ報告書39
その他の2種別の組み合わせ6
3種別以上7

161社中52社(32.3%)が2種別以上の文書を同時に公開しており、うち7社は3種別以上だった。種別ごとの収録数は統合報告書151・サステナビリティ報告書53・ESGデータブック8・環境報告書7・CSR報告書2である。

さらに収録221レコードのうち19件は、同一のPDFが2つの種別として二重に抽出されたものを統合した結果である(統合報告書がサステナビリティ報告書を兼ねる形態など)。文書の種別は文書側に一意に明示されているとは限らず、公開場所とファイル名から推定せざるを得ない場合がある。

2. 発行年が確定しない文書が17.2%

発行年件数
202641
2025100
202440
20201
20191
不明38

221レコードのうち38件(17.2%)は、ファイル名・掲載URL・レジストリのいずれからも発行年を確定できなかった。年が確定しないレコードは、そのままでは年次比較のパネルに載せられない。

3. 再取得の前後で年次帰属が入れ替わる

同一企業・同一種別の「追跡枠」に対して2026年5月と8月に抽出を行ったところ、38社・43の追跡枠で年次帰属が食い違い、44件の重複レコードが生じた(うち1枠では3通りの年次帰属が並立した)。文書種別が食い違った枠は0件で、相違はすべて年次に限られる。

5月時点 → 8月時点件数
年あり → 不明26
年あり → 翌年(版の更新)14
不明 → 年あり4

44件のうち39件は、5月の抽出後にPDFが再取得されていた(レジストリ上の取得日時が7〜8月)。同じ追跡枠のファイルパスが、その間に別の版の文書へ置き換わっている。年が進んだ14件は年次版の更新として説明できるが、年の特定を失った26件は、新しい版のファイル名やURLから年を読み取れなくなった結果である。これらは旧レコードを残し、新レコードを隔離することで解消した。

4. 出所URLを欠くレコードと識別子の衝突

4件のレコードは原典URLが未記録のまま登録されており、URLのハッシュを安定識別子とする設計上、企業をまたいでハッシュが衝突した。これらは公開対象から除外している。また2026年7月の完全性検査では、抽出値が別企業の公式開示と一致する誤帰属レコード1件を検出し、隔離した。

実務上の含意

(証券コード, 文書種別, 発行年)の3つ組は自然キーに見えるが、上記のとおり文書種別も発行年も文書側から一意に決まらず、追跡の途中で変化しうる。データセット v0.3 では安定識別子を原典URLのハッシュ(url_hash 列)に置き、この3つ組をユニークキーとして使わないよう明記している。同種のパネルを外部で構築する場合も、文書の同一性を「企業×種別×年」ではなく「取得した個別文書」の側で持つほうが、再取得のたびに系列が壊れる事態を避けやすい。

方法論と限界

  • 本記録は収集パイプライン自身のレジストリに対する集計であり、企業の開示行動そのものの測定ではない。年次帰属の不安定さは文書側の記載と収集側の推定の双方に起因しうるが、本データからは切り分けられない。
  • 「年次帰属が食い違った44件」は、出力ファイル名が変わったために重複レコードとして検出されたものである。年次帰属が一致した再取得は同一ファイル名に上書きされ、この方式では観測されない。したがって44件は不一致の実数であり、再取得全体に対する比率ではない。
  • 発行年はレジストリの推定値に基づく。文書本体の記載内容を人手で読み取った結果ではない。
  • 抽出はAI支援(DeepSeek系モデル)によるもので、個別の数値の検証は原典PDFに基づいて行う必要がある。
  • 文書種別そのものの入れ替わり(統合報告書からESGデータブックへの移行など)の規模については、2026年5〜7月の観測窓で予備的な測定を行ったが、FY2026の発行ピーク(7〜8月)を含む窓での再測定は完了していない。本稿の観測結果には含めていない。

本記録は公開データセット gxceed GX Disclosure Dataset v0.3(DOI: 10.5281/zenodo.22153243, CC BY-NC 4.0)の構築過程を集計したものであり、個別企業への評価・推奨を意図するものではない。