概要
本稿は、CSRからESG、さらにSSBJ(サステナビリティ基準委員会)へと続く非財務情報の開示において、実証的な証拠よりも、他社の表現や評価されやすい物語が先行する構造を扱う。統合報告書のガバナンス章を作成する現場では、自社の実態を起点にする前に、「好事例」とされる他社のPDFを検索し、使えそうな定型文を探す状況が生じる。そこで参照されるのは、必ずしも取締役会の議論や意思決定を裏付けるデータではなく、「少なくとも年一回、気候関連のリスク及び機会について報告を受けている」といった一文である。こうした慣行は、開示の形式を整える一方で、実際のガバナンスや証拠との結び付きを弱める可能性がある。
ポイント
- 統合報告書の作成では、他社の「好事例」や定型的な言い回しが強い参照対象になりやすい。
- 非財務情報のナラティブは、読みやすさや評価を得るうえで有効だが、実態・証拠・意思決定との対応関係が見えにくくなりうる。
- 「取締役会が報告を受けた」という記述だけでは、報告の頻度、内容、議論、判断、対応策まで確認できない。
- CSR、ESG、SSBJと開示要請が高度化しても、文章を整えること自体が目的化すれば、情報開示の信頼性は高まらない。
- 重要なのは、借りた言葉を並べることではなく、自社のプロセスや事実を検証可能な形で示すことである。
実務への示唆
開示文案を作る際は、まず「誰が、いつ、何を報告され、どのような議論や決定を行ったか」を社内記録と照合し、その後に表現を整えるべきである。他社事例は文章の参考にとどめ、定型文を採用する場合も、裏付けとなる会議資料、議事録、指標、対応実績を確認して、自社の事実に置き換える必要がある。
