概要
AstraZeneca・Sanofi・Opella・UCBの4社は2025年12月から「クリーンヒートプログラム(Clean Heat Program)」を立ち上げ、製薬製造における化石燃料由来の蒸気・熱工程の脱炭素化に共同で取り組んでいる。製薬製造は天然ガスボイラーによる蒸気を大量に使用するため、Scope 1削減の主要障壁の一つが熱工程の電化だ。本プログラムはコンサルティング会社ERMとサプライチェーン情報企業Secaroが運営する。
実装モデルの全体像
基本方針:「効率化ファースト」
プログラムの核心にあるのは「まず効率化、次に電化」という順序。Secaroの幹部が指摘するように、「脱炭素化の方法論はわかっている。障壁は資金調達だ」という状況が多い。効率化で削減できる排出量は先に取り除き、残った熱需要を電化する。
実装ステップ
ステップ1:熱プロセスの監査を実施する
対象:製造工程で使用する全スチーム・熱プロセスの種別・温度・量・稼働時間を記録。優先的に削減可能な工程(低温スチーム・間欠的な蒸気需要)を特定する。
ステップ2:効率化施策を先行実施する
- ボイラー小型化:大型単一ボイラーを複数の小型ボイラー+ヒートポンプの組み合わせに置換
- 生産プロセス最適化:スチームを過剰に使用する生産ステップの見直し
- 熱回収システム導入:廃熱を別工程に活用
実績例(Opella・成田工場): 3台の小型ボイラー+ヒートポンプの組み合わせに切り替え → 天然ガス消費量20%削減達成。フランス・ブラジルでは給湯システムをガスボイラーからヒートポンプに完全移行。
ステップ3:電化技術を選択する
| 技術 | 適用温度 | 特徴 |
|---|---|---|
| 電気ヒートポンプ | 最大150〜200℃ | 最も普及・コスト低下が進む |
| バイオメタン | 既存ボイラーそのまま利用可 | インフラ改変最小 |
| 電気蒸気発生機 | 全温度域 | 高温プロセスに対応 |
| 産業用水素ボイラー | 全温度域 | コスト高・将来有望 |
ステップ4:サプライヤーエンゲージメントを実施する
4社は1,000以上のサプライヤーサイトをプログラムでカバー。自社工場だけでなく調達先・委託製造先にも同様の取り組みを求める。日本のサプライヤーへの展開:
- CDP Supplyチェーン調査でサプライヤーの熱工程排出量を把握
- 削減目標・技術支援・情報共有の3点セットでサプライヤーに提案
ステップ5:Scope 1→2転換の会計処理を準備する
Merz Therapeuticsが発見した重要な会計課題:電気ヒートポンプへの切り替えはScope 1(燃料燃焼)を削減する一方、Scope 2(購入電力)が増加する。Scope 2の増加は電力のCO2係数(再エネ導入率)に依存するため、電力の再エネ化と同時進行することが重要。
使うツール・標準
- GHGプロトコル(Scope 1/2排出量計測)
- IEA Clean Heat Map(産業別熱脱炭素ロードマップ)
- RE100(再生可能電力調達目標)
- 日本:省エネ法・フロン排出抑制法
成功のポイント
- 業界連合アプローチ:競合他社と技術・知見を共有することで、個社では解決困難な調達・資金・標準化問題を解決できる
- 効率化で先にROIを確保:電化の前に効率化で資金を作る
- Scope 1→2転換の事前シミュレーション:電力のCO2係数が高い地域では電化後にScope 2が増加するリスクを事前に把握する
日本企業への適用
日本の製薬・食品・化学メーカーは製造工程で大量の蒸気・熱を使用する。国内では蒸気温度150〜300℃域への産業用ヒートポンプ(例:コベルコ・三菱電機製高温ヒートポンプ)が実用化されており、Opellaの成田工場での実績は国内同業他社が参照すべきモデルケースとなっている。GX移行計画における「化石燃料由来熱の電化」を具体的施策として落とし込む際のロードマップとして活用できる。
